森は海の恋人植樹祭は、宮城県気仙沼市唐桑町のカキ・ホタテを養殖する漁師の間で始まった「漁民が山に木を植える」活動がきっかけとなります。唐桑の漁師たちは1989年、「牡蠣の森を慕う会」(畠山重篤 代表)を組織して「森は海の恋人」をキャッチフレーズに掲げ、気仙沼湾に注ぐ大川の上流部である室根町(旧室根村)の室根山にブナなどの広葉樹を植樹しました。
この森を「牡蠣の森」と呼び、毎年広葉樹を植樹し、広葉樹林の機能を再認識した室根町も、この活動に協力。
さらに、森は海の恋人運動に賛同した同町矢越の第12区自治会(三浦幹夫 会長)は、室根山と同じく大川の源流部になる矢越山に、広葉樹の森「ひこばえの森」を整備。
以来、1994年から今日まで、「森は海の恋人植樹祭」は、ひこばえの森で開かれています。 毎年6月の第1日曜日、新緑の森には、たくさんの大漁旗が立てられ、初夏の風になびく。県内外から訪れる大勢の賛同者が、ブナやカエデなどの広葉樹の苗木を植える。
同植樹祭は、森づくりの先駆的な市民活動として大きな支持を得て、全国的に知られるようになりました。
なぜ、漁民が山に木を植えるのか―
1980年代初頭、気仙沼湾の汚れた海に赤潮が発生。湾内で養殖するカキの身が赤くなる「血ガキ」の被害が相次いだ。
当時、フランスを視察した畠山さんは「川の上流にあるブナやクルミの森がきれいな海を守っている」ことを知る。
海中の植物プランクトンは、動物プランクトンに食べられる。それらを食べた小魚は、大きい魚に食べられる。これが海の食物連鎖だ。
つまり、食物連鎖のもととなるのが、植物プランクトンなのである。その植物プランクトンを増殖するのに森林が深く関わっているというわけだ。 カキやホタテは、大量の植物プランクトンを食べて育つ。プランクトンの発生には、豊富な窒素やミネラルが不可欠であり、これらの養分を海に補給しているのが「森」だ。腐葉土には、プランクトンの成長に必要な養分が多く含まれている。
川の上流に降った雨は、腐葉土の養分を溶かして海に運ぶ。流域に広がるブナ、カエデ、ナラなどの落葉広葉樹の森を守り、育てることが、カキやホタテの成長には重要だ。
植物プランクトンが繁殖しやすい環境をつくることは、動物プランクトンや魚貝類を含む豊かな海を育むことにつながる。
裏を返せば、森が失われると、豊かな海も失われるのである。
海の生態系は、森の生態系や川の生態系と密接につながっている―
そのことを知った海の男たちが、何もしないわけはない。切実な思いから始まった行動は一気に加速した。
広葉樹を植えたからといって、すぐに状況が好転するわけではない。
十年、二十年、あるいは百年先を見た地道な活動が少しずつ、少しずつ豊かな森と海を育てていくのである。
植樹祭に協力するようになった第12区自治会の人たちの意識も劇的に変化した。地域全体で環境にやさしい農業を考えた。
海と山、漁民と農民の交流は、年を重ねるたびに大きな広がりを見せた。
全国各地から植樹祭に訪れる人は千人を超え、過疎に泣いた農山村は笑顔と誇りを取り戻した。
森に恋する海の男たちと、海に憧れる森の人たちの活動は、流域に住む人々の心も動かした。
自然愛護の心は、川上から川下へと連鎖して、さまざまな活動や交流を生み出している。
海の子供たちは、山で植樹を体験する。山の子供たちは、海で海洋生物を学ぶ。相互の体験学習は恒例になっている。
「ひこばえ」とは、切り株から新しい芽が出ること。静かな矢越山のふもとでは、大空に向かって、たくさんの新芽が伸びている。